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サイレントメッセージ ―――第5話――― 瞼の向こうが明るい。 チュンチュンとさえずってるのは……雀か? 俺は未だにイマイチ鳥の鳴き声パターンが掴めねぇよ。 雀でも鳩でも何でもいいからさ、もう少し寝かせてくれ。せめて妹が起こしに来るまで―― 「起きろキョ――ンっ!!」 「う、わ!?」 腹に激痛を感じ目を開けると、そこにはにっこり顔のハルヒがいた。 「遅いわよ!団長より遅く起きるなんて団員としての心構えがなってないわ!」 おいハルヒさんよ……だとしても思いっきり俺の腹を殴るこたねぇだろうよ……。 「なーに言ってんの! 団長様が直々に起こしてあげたんだからもっと喜びなさいよ」 喜べん。断じて喜べん。 「それより見てっ! これ、何だと思う!?」 ハルヒに促されて視界を広げ、俺はやっと自分の状況を把握した。 俺以外の団員はみんなもう起きて俺を三者三様の仕草で眺めている。朝比奈さんは苦笑しつつ、古泉はいつもの笑顔で、長門はこれまたいつもの無表情で。 そうか、合宿中だったんだな。あまりのベッドの心地よさに自宅と勘違いしちまったぜ。 この人にだけは挨拶しておかねばなるまいと朝比奈さんに挨拶の言葉を述べると、朝比奈さんはにっこりと笑って同じ台詞を投げかけてくださった。 うん、今日はいい一日になるな。 「こらキョン!みくるちゃんじゃなくてこっち!床!」 床? ハルヒの指差すほうを見てみると、そこには昨晩寝るときには目に付かなかった妙な焦げ痕があった。大きさは大体直径30センチくらいか。コテージの床の、そんくらいの大きさの範囲がごっそり黒く変色している。 何だこれ。誰かが夜中起きて火遊びでもしたのか? 「おかしいと思わない!? だって昨日はこんなのなかったじゃない! あたしが思うにこれは敵勢力からの宣戦布告ね。いい度胸だわ。受けて立とうじゃないの!」 ハルヒは既に何やら自己完結して上機嫌全開の顔で腕を組んでいる。何がそんなに楽しいんだろうね。しがも勝手に作り出した敵を打ち負かす気満々でいらっしゃる。忙しいこった。 しかし俺はハルヒの満面笑顔に目を向けるよりも長門を見るのに忙しかった。SOS団有力選手の宇宙人製アンドロイドは、俺が起きてからというものずっと真っ直ぐに俺を見ている。 ということは……やっぱりそうなのか? 視線だけで問いかけると、長門はコクリと頷いた。横の古泉がやれやれとばかりに肩をすくめ、朝比奈さんは俺達の顔を見回してオロオロしている。古泉がどこまで分かって肩をすくめたのかは知らないが、状況は割と把握できているらしい。機関に連絡でも取ったのか? だが重要なのは、この焦げ痕はただの焦げ痕であって、このコテージを包み込む火にはならなかったということだ。もしこの焦げ痕がここから出火した際の焦げ痕なのだとしたらそれは人の手でしか成し得ないことであり、さらに今このコテージと俺達が殆ど無傷のまま存在している所を見ると、誰かがここに火を付け、さらにそのまた誰かがそれを消火してくれたということになる。 一体誰が? 長門はどうだ? ……いや、違うな。 俺はすぐにその考えを打ち消した。長門の黒曜石のような瞳はそう言ってない。俺がそこから読み取れるのは、これが例のイレギュラー要素によるものだということくらいだ。 古泉も恐らく違うだろう。朝比奈さんはまずないし……朝比奈さん(大)なら有り得るが。 ったく、どうなってんだよ。全く意味不明だぜ。 俺と同じく腕を組んで悩む姿勢を見せていたハルヒは難しげに唸って頭を振り、 「まぁいいわ。腹が空いては戦はできんって言うし、ご飯にしましょ!」 と潔く謎解きを後回しにして見せた。まぁこれはこれで都合がいい。ハルヒがいくら考えたって分かりっこないんだ。 こいつは、何も知らないのだから。 それからは意外とあっさりしたもので、何かあるのではないかとハラハラしていた俺の心配とは裏腹に、旅行はトントン拍子に終盤へと向かってくれた。朝食を食べ、五人で天然ハイキングに出かけ、昼食を食べ、昆虫採集をし、何故か花一もんめだの鬼ごっこだのをして、荷物をまとめて帰りの電車に乗り、 「楽しかったわ!たまにはいいわよね旅行もっ!一日目の夜に見たアレとか今朝の焦げ痕とかが何だったのかは気になるけど、まぁいいわ。日数限られてたし、今度は夏休みにでも行ってとことん追い詰めてやりましょ」 そして帰ってきた地元、いつもの集合場所件解散場所である駅前でハルヒは言った。輝かんばかりの笑顔を惜しむことなく振り撒いて、 「じゃあ今日は解散っ!明日は反省会と今回見た不思議な物についての研究と今後の予定立てをするんだから、疲れてるからって学校休んだら承知しないわよ!帰ったら死ぬ気で身体を休めなさい!」 無駄に元気の有り余る声で総員解散を告げた。短い挨拶を交わし、五人が散り散りになる。 やれやれ、やっと終わってくれたか。今後半年は旅行なんてごめんだぜ。なんせ俺達が旅行に行くと必ずと言っていいほど厄介事に巻き込まれちまうからな。 いや、まだ終わっていない。不可解なことが沢山ある。朝比奈さんを襲った土砂、長門の異変、唐突に俺達の進路に現れた空間の歪み、俺の頭の上を通り過ぎた槍のような物体、挙動不審な古泉、そして今朝の火事未遂。何ひとつ分かっちゃいない。このままだと喉に刺さった魚の骨が俺の喉を食いつぶしちまうぜ。 だが、まだいいだろう。 俺は疲れた。散々ハルヒに連れ回され、雑用を押し付けられながら山道を歩き回ったんだ。明日からの学校でも同じような生活が続くんだから、せめて一晩くらいはゆっくり休んでも罰は当たるまい。長門に相談するのも古泉に問いただすのも、それからで遅くないはずさ。 などとタカを括っていたその夜、俺が風呂から出ると、唐突に家の電話が鳴りだした。見回しても妹はいない。部屋でゲームでもしてるんだろう。 「はい」 『あ、キョンくん?』 この春の小川のように可愛らしいエンゼルボイス。これを誰が聞き間違えようかいや聞き間違えないね。 朝比奈さんの声だ。 「何ですか? 朝比奈さん」 『あ、あのぅ・・・・・急に電話してごめんなさい』 いやいや、朝比奈さんからの電話なら例え俺が超高級レストランで食事中でもノープロブレム、間違いなく取りますよ。むしろ嬉しい部類に入りますね。 朝比奈さんは小さく笑い、しかし途端に声のトーンを下げ、 『あの……あたしにもよく分からないの。分からないんですけど……、』 そう前置きしてから言った。 『明日、いつもより三十分早く学校に来てくれませんか?』 「はい?」 思わず聞き返しちまった。何だこれは。朝比奈さんから呼び出し? いや、それはない。朝比奈さんがこんなタイミングのさらにこんなシリアスムードでそれを俺に伝えるってことは……、 「未来からのお達しですか」 ほぼ断定口調で言い切ると、朝比奈さんはさらに声を濁らせた。愛らしく目を伏せて落ち込んでいる姿が目に浮かぶ。 『…はい。いつもの通り詳細を問い合わせても極秘で、それにあたしは行くなって。キョンくんにだけ伝えてって言われて……』 一体何をしたいんだろう。朝比奈さん(大)は。 でもまぁ、そう言われて断る余地など俺にはない。朝比奈さんには気の毒だが、了承させていただこう。 「分かりました。行きますよ」 『ありがとうございます。ほんとに、ごめんなさい……』 意気消沈する朝比奈さん。本当に気の毒でならないね。スッパリ何もかも話してしまいたくなったのはこれが何度目だろう。 まぁ文句なら明日言ってやるさ。恐らく明日学校に来る、朝比奈さん(大)にね。 「はぁ〜…………」 朝比奈さんとの電話を切り、俺は溜息をつく。何で俺はここまで厄介事に巻き込まれねばならんのかね。いつも思うが、やはり俺は厄介事を呼ぶフェロモンでも放出しているのではないか? だとしたら一刻も早く断ち切りたいのだが、誰かその術を知らないか? 知ってたら俺に教えてくれ。電話でもメールでも郵便でも何でもいいから。 などと現実逃避しつつ、俺はベッドに雪崩れ込んでそのまま眠りに落ちた。 そして、翌日の朝に知ることになる。 これまでの喧騒が、まだ序の口だったということを。 |