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cold pancake 睡眠とは誰もが貪るべき人の生理的欲求であって、例え誰でも避けられない道だと思う。ちなみに俺は毎日12時前には寝ないと翌日の活力を蓄えられない人間であり、睡眠の大切さは重々承知しているつもりだ。俺から睡眠を奪うヤツは例え誰でも許しはしないぞ。まぁ・・・・・毎日起こしに来る妹はともかくとしてな。 まぁなんだ。そんな俺でも焦ってしまうんだ。あぁ分かってるさ。例え「普通の人間」ではなくても一応「人間」という枠に属している限りは生きるための欲求には逆らえないはずなんだ。誰だって。 いや……でもなぁ…………。 「これはないだろうよ、長門」 思わず声に出しちまった。そんくらい、俺は今動揺してるんだ。 場所、俺の部屋。 時刻、ちょうどおやつの時間を過ぎた辺り。 もう分かると思うが、長門が俺のベッドを独占してスヤスヤ寝息を立てていた。 シャミセンの様子を見に来てくれた長門を部屋に招きいれたのがちょうど30分程前だ。今日は母親が家を空けていて、俺と妹の2人しか存在しなかった殺風景な我が家に長門はやってきた。いつもの制服姿で。 そこまではよかったんだが、妹がミヨキチの所に遊びに行くらしく、手土産にホットケーキを持って行きたいとごねり始めたんだな、これが。長門のこともあったし俺は却下し続けていたんだが、長門の「わたしも食べたい」という呟きを妹が武器にし、とうとう俺は根負けしたって訳だ。 長年妹にリクエストされ続けていたせいで大分板についてしまったホットケーキ作りを手早く終え、妹に持たせる。「いってきま〜す!」と元気よく出て行った妹を見送り、俺は余ったホットケーキを食べやすいサイズに切り分けて皿に乗せてから部屋に戻った。 しかし戻った俺を出迎えたのは、長門と長門の足元で丸くなっているシャミセンの安らかな寝息だった。 そういう訳で、俺は今動揺しているのだ。不思議はないだろ?驚くよな、普通。 いや、俺だって長門が寝ないなんて思っていたわけではない。冒頭でも言ったが、長門だって一応睡眠を欲する欲求はあるはずだ。だが、俺は未だ嘗て長門が寝ている場面を見たことがなかった。文芸部室では読書しかしていないし、合宿の時も長門の寝顔というのは拝めなかった。部屋も違ったしな。はて、ということは部屋が一緒だったハルヒと朝比奈さんはこいつの寝顔を既に見ていたのだろうか。 「……もったいないな」 ハルヒなんかに見せるのはもったいない。 そう思ってしまうくらい、長門の寝顔は……なんていうか、価値のあるものだった。 安らか、柔らか、どんな言葉を使っても表現しきれないような穏やかさがそこにあるのだ。 普段はどこまでも澄み切っている瞳はゆるく閉じられて、艶のあるショートカットの髪は無造作に投げ出されている。無防備に俺のベッドを占領している長門は、うん、かなり可愛かった。 こいつも疲れてるんだよな。俺の目の届く範囲内でもかなりの活躍を見せてくれているのにも関わらず、きっと俺の知らないところでも世界を保つ為に四苦八苦してくれているに違いない。この宇宙人製ヒューマナイドインターフェイスは……長門は、そういう奴なのさ。 だからせめて今くらいは寝かしといてやりたいと思う俺の気持ちは間違っちゃいないだろう?あの長門が無防備に眠っているんだ。それだけ俺が信頼されていると思ってもいいんだと勝手に自己完結させていただく。 起こさないように気を付けてそっと長門の髪を撫でると、長門は僅かに身じろぐ。まずい、起こしちまったか? 俺の予想は悲しくも当たってしまったようで、長門はゆっくりと目を開けた。横を向いて眠っていた長門の目がダイレクトに俺を捉え、僅かに見開かれる。 「悪い。起こしちまったな」 「…………わたしは、どのくらい眠っていた?」 「15分くらいじゃねぇか?」 俺がホットケーキを作りに行ったのが20分前くらいだから、大体それくらいだろうよ。 「………………うかつ」 後悔するかのような、恥らうような長門の小さな呟きが俺の耳に届いた。いやいや、俺はお前の寝顔を見れて大層幸せに浸れたぞ。カメラ用意しとくんだったぜ。俺こそ迂闊だった。 とりあえず長門が起きちまったのならホットケーキでも食べて本格的にシャミセンを見てもらったほうがいいだろう。ホットケーキも冷めちまうしな。 「待って」 長門の頭から退かそうとした俺の右手を、長門の左手がやんわりと押さえていた。ひんやりとした感覚が皮膚越しに伝わる。 「どうした?」 「…………もう少し」 長門は一度目を閉じ、間を置いてから、 「……もう少し、このままで」 じわじわと何かが湧いてくる感覚が俺を満たした。もうホットケーキなんてどうでもいいさ。長門にここまで言われて断る馬鹿がこの地球上の何処にいるってんだ。少なくとも俺は死んでも断らねぇな。むしろ率先していくらでも撫でていてやるさ。 再び髪を優しく撫で始めた俺に満足したのか、長門は再び目を瞑った。さっきの寝顔が醸し出すものよりさらに穏やかな雰囲気が部屋に満ちる。 少しでも長くこの空気を堪能したくて、しかしそれがいつか終わってしまうことを知っている俺は、せめてもの抵抗とばかりによりいっそう手の平へとエネルギーを集中させた。 |